続・空手について3
■自主取材
休会した私がはじめたのは、空手に関する自主取材だった。当時はライターの現職だったので、わからないことや疑問はまず調べる。それが職業的習性でもあったからだ。
第一に、トラウマが復活してしまった原因を考えてみた。
それまで自分がやってきたスポーツは、トレーニングのしすぎ等による自損故障だったのに対し、相手がいたりチームプレーとなるジャンルでは他損故障が起こりうる。
ならば、
●空手という、突いたり蹴ったりする技を駆使するジャンルで、他の女性たちはどのようにそれを捉えているのか?
●道場によって、独自のケガ対策などはあるのか?
●また、痛い思いをせずに続けられる組み手はあるのか?
このような疑問を抱えながら、自分なりの見解を導きだそうとしたのだった。帰属道場では型を中心に稽古する女性が多かったので、そちらならケガの心配はない。しかし、先の大会で闘いに対する興味が芽生えていた矢先でもあったため、やはり組み手を自問自答の中心軸に据えていた。
空手に関する書籍も読んだ。
■一番印象に残ったのが、この一冊だった
中でも、江戸時代の禁武政策により、オンナや子どもが身を守るための術としての護身の下りに感銘を受けた。
攻めるより守る。勝つよりも負けない空手。
そこに端緒する武道を学ばせてもらった貴重な本であり、今も時折ページを開いている。
■Aさんとの出会い
二箇所ほど、稽古体験をさせてくれる道場も訪ねてみた。
どちらにも女性の道場生がおり、入門案内書の「近年は社会体育としての空手の普及をめざす」と書かれていたのが目に止まった。この点は、帰属道場のあの黄色いチラシにも具体的に記されていたことである。
痛い思いもするが、そうした経験も含め、気持ちを太くしていくのが、空手道としてめざす一つの方向性なのだろうか・・・
そんなことをつらつら考え、図々しくも(入門しないの通りすがりのオバサンなのに)、基本稽古をさせてもらった。ところが、その先々で一緒にからだを動かしているうち、道場の人たちの顔が浮かんできた。
不思議なもので、よそで稽古をさせていただくほど、道場が懐かしくてたまらなくなった。
この体験時、〇志会のAさんという女性と知り合った。
彼女は前に所属していた道場での組み手稽古中、グローブをしていたにも係らず、有段者の男性の強い蹴りを受け、小指を骨折してしまった。それゆえ、そこの道場長に「女性には弱めに出して欲しい」と願い入れたのだが、以降の人間関係が何だかギクシャクしてしまい、〇志会に移籍したのだと語った。
「性別や技量の差はあるから、そうしたことに気を配ってくれる今の道場にいるの。ケガはやっぱり怖いけど、でも、それより、巧く強くなりたいから」
まったくの偶然だったが、彼女は私と同い年の40代後半で、しかもライター。近しい境遇の女性が、自分なりの答えを導き出そうと稽古している姿が頼もしかった。
帰属道場でも、ケガ防止には細心の注意を払うようにとの方針で稽古が続けられている。
それでも、ちょっとしたタイミングのズレ等でケガが起こる場合がある。大切なのは、その先の心身の処し方なのかもしれない。
相手の技を巧く交わせるようになれたらケガもしないし、また自分自身の痛い思いを通して相手に技の緩急をつけて出せたら、相手にもケガをさせないだろう。
となれば、痛みも糧だ。
もう一度、自らの足跡を辿ってみた。
いいトシこいて、なぜ空手をはじめ、しかも組み手に惹かれたのか?
もしかしたら・・・私はトラウマを超えたかったのではないか?
初めて、自分の入門動機の深層に行き着けた気がした。続く
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